1998 年,心筋Na+ チャネルαサブユニット遺伝子(SCN5A)変異が同定されて以来,これまでに300 種近くの変異が報告され(BrS1),そのほかにも6 種類の原因
遺伝子(BrS2~7)が知られている(表11).変異Na+ チャネルを培養細胞などに発現させてその電流を測定すると,そのほとんどはゲート機構の異常,またはチャネル
蛋白の細胞膜への輸送(membrane trafficking)によってNa+ 電流量が減少または消失している(loss-of-function).この異常は活動電位0 相の急速な立ち上がりを
担う内向きNa+電流を抑制し,さらにそれに引き続く1 相のIto を相対的に増加させる.
SCN5AはBrugada症候群患者の最多の原因遺伝子(BrS1)だが,変異の検出率は約20 %にすぎない.またSCN5A 陽性の家系内でも,遺伝子型と表現型が完全
に一致しているわけではなく,心電図異常のないキャリアや,典型的なBrugada 心電図を有する非キャリアの存在する例も知られている.したがって,Brugada 症候群
の病因として,SCN5A 以外の遺伝子や未知の修飾遺伝子を含む“遺伝的背景”や環境要因の関与を考慮する必要がある.
SCN5A 変異キャリアと非キャリアを比較すると,体表心電図PQ 時間と心内心電図HV 時間が長く,Na チャネル遮断薬投与時のPQ 時間,QRS 時間の延長幅が
大きいという特徴がある.また,Brugada 症候群に合併の多い心房細動については,SCN5A キャリアでは心房伝導時間が長く心房細動誘発性が高いが,心房細動
の自然発生や臨床的重症度とは関連のないことが判明している.また本症の突然死のリスク評価には,失神などの症状,突然死の家族歴,心臓電気生理学的心室
細動誘発試験,心房細動の有無,加算平均心電図,V1 誘導のS 波の幅など,さまざまな要因が考慮されるが,SCN5A 変異の有無は心室細動や心房細動の予後
予測因子にはならない.Brugada 症候群の遺伝子解析の診断的意義は大きいが,リスク層別化を含む臨床的意義については,少なくとも現時点では限定的であると
いわざるをえない.
一方,日本人全体の0. 1~0. 2 %に認められる無症候性Brugada 症候群(またはBrugada 型心電図)は,有症候性群に比較して一般に予後は良好であるが,その
なかからハイリスク症例を選別し突然死を予防することは重要である.しかし,無症候性Brugada 症候群のSCN5A 変異頻度やその長期予後に関する十分なデータは
なく,今後の研究が期待される.
SCN5A 変異は,gain-of-function を示す変異が3 型先天性QT 延長症候群(LQT3)に同定されているほか,進行性心臓伝導障害(progressive cardiac conduction
defects:PCCD),洞不全症候群,先天性房室ブロック,乳幼児突然死症候群,拡張型心筋症などにも報告されている.これらはSCN5A を共通の原因遺伝子とする
アレル疾患“心筋Na チャネル病”と総称される.
SCN5A のプロモータ領域に6 個の一塩基多型(SNP)があり,連鎖不均衡によって遺伝子型(ハプロタイプ)はほぼ2 種類(HapA, HapB)に限定される.HapB は
日本人の約25 %にみられるが白人や黒人にないハプロタイプで,SCN5A の転写活性が低下する.したがって,東アジアで罹患率が高いBrugada 症候群の病因に
HapB が関与している可能性がある.
Brugada 症候群にはSCN5A を含めこれまでに7 つの原因遺伝子(BrS1~7)が報告されている(表11).第2 の原因遺伝子BrS2 はglycerol-3 phosphate
dehydrogenase like(GPD1L)で,変異はNa+ チャネルのトラフィッキングを阻害する.続いて,QT 短縮を合併したBrugada 症候群家系にCa2+ チャネルα1 サブユ
ニット(CACNA1C),β2 サブユニット(CACNB2b)の変異が報告された.その後, 少数例ではあるが,BrS5:SCN1B,BrS6:KCNE3,BrS7:SCN3Bが報告されてい
る.また,Ca2+ チャネルα2δ サブユニット(CACNA2D1),ペースメーカチャネルHCN4,Brugada 感受性遺伝子MOG1, 後述する早期再分極症候群の原因遺伝子で
もあるKATP チャネルKir6.1 サブユニット(KCNJ8)にも変異が同定され,関連遺伝子のリストはさらに拡大すると予想される.
最近,Brugada 症候群と早期再分極症候群を包括し,臨床的・遺伝学的にオーバーラップした“J 波症候群”という大きな枠組みでとらえることが提唱されている.
Brugada 症候群は右室の異常によってV1~V3 でJ 波が明らかになるのに対して,早期再分極症候群は左室の前側壁や下壁で起きる異常によってI,V4~V6,II,
III,aVFでJ 波がみられる,という考えである.
この概念をサポートする事実として,Brugada 症候群と早期再分極症候群の合併家系に,Ca2+ チャネルのサブユニットα1C(CACNA1C),β2b(CACNB2b),α2δ
(CACN2D1)の遺伝子異常が同定されたこと,Brugada症候群を除外した早期再分極症候群患者にもSCN5A 変異が同定されること,早期再分極症候群に同定され
るKCNJ8 変異S422L がBrugada 症候群家系にも同定されたこと,などがあげられる.このようにBrugada 症候群,早期再分極症候群,J 波症候群の疾患概念・遺伝
子基盤に関しては,研究者のあいだにもまだ統一した見解が得られておらず,今後の研究による解明が期待される.